エリコ新聞

小林エリコのブログです。

回復について

ちょっと前の日記で回復についてふれたので、少し回復について書こうと思います。

回復ってなんなんだろう?と思って辞書で調べてみました。

「一度失ったものを取り戻すこと。もとのとおりになること」

だそうです。

では、病気になる前の私はどんなだったのだろうと、記憶をさかのぼってみました。

古い記憶でよく覚えているのは、小学校低学年くらいの頃「お化けが見える!こわい!」と言って泣きじゃくり、心配した父親がお守りを買ってきてくれてそれ を手に握りながらふとんに入って泣いていました。なんでしょう、思いだすと本当に見えていたように記憶します。なんか、こう、髪の長い怖い女の人が自分を 布団の上から襲ってくるみたいな感じ。父親が筒井康隆が好きでかなり小さい頃に「時をかける少女」を読んでそういう場面があったので、それがイメージとし て残っていたのか、小さい頃はかなり体が弱く、学校を休んではいろんな大学病院を廻っていました。

それ以前は、まだあんまり人格というものも形成されていないし、関係ないかな。幼稚園の頃兄に転んだところを助けてもらったとか、幼稚園に行くのを嫌がって泣いていたとか。

小さい頃から情緒不安定で体も心も弱く、病院に行ったのは高校生の時だったけれど、もう物心ついた時から病気なので「もとのとおりになること」といわれても、その「もと」がない。病気になる「前」がない。

だから「回復」というものがよく分からない。

精神疾患におけるリカバリー(回復)の定義というものがあります。

いま検索したけど出てこなかったのですが、内容として覚えているものは

①一日に家族以外の人と3人以上話す。

②一日週に◯回以上5時間(?)以上何か働くとか社会に貢献する。

あと5個くらいあったのですが、覚えていません。申し訳ありません。◯のところとかもよく憶えてない。

多分内容としては、「人とか社会とつながっていることが出来ている。」という状態のことを指すのだと思う。

だとしたら、私の目指す回復はこちら側だろう。

だが、現時点であまり人とつながってる感覚もないし、社会とつながってもいない。まあ、広義の意味では、昔私が主治医に言った「電車にのることでお金を落とす。喫茶店でお金を落とす。だから精神障がい者も社会とつながっている」ということかもしれないけど。

でも、実際のところは何かを作ったり売ったり、労働力を提供しているわけでもないので、やはり社会に参加していないと感じる。

なんか、回復とだいぶ話がそれてきました。

うまく言えないんだけれど、人と世の中とつながり生きているということを感じることが回復なのかな。病気を持っていても幸せでいられる。そういうところかな。

ただ、私は幸せを感じたことがなく、あったとしても、お酒を飲んでる時だけ幸せとか、刹那的なものしか感じたことがないので、何にも頼らず、本当の意味で幸せを感じたいです。

やはり、回復と話がそれました。うーん。やはり私は回復というものがまだあんまり良く分かっていないようです。

ガジュマルの木