エリコ新聞

小林エリコのブログです。

家庭という共同幻想を破壊する山本直樹の「ありがとう」

「家庭」と聞いて人は何を想像するだろうか。家族が向かい合ってご飯を食べているところだろうか?それとも父親が酒を飲んで暴れ狂っているところだろうか?

家庭とは「安全」なところだろうか。むしろ、閉ざされた空間であり、他者の目が入りにくい場所である。特に、「閉ざされた家庭」が多い日本では様々なことが起こる。

ありがとうは「家庭崩壊」の話だ。家族の心は既にバラバラで家の中も荒れ放題である。父が帰ってくるシーンから始まるこの漫画は既に修復不可能な家庭を自らが蝶番になってつなぎとめようとする父親の姿が描かれる。それは皮肉でもあり、哀れでもある。

「ありがとう」は性の描写と暴力の描写が激しい。しかし、家庭内であろうが、家庭外であろうが、性と暴力はこの世に存在し続ける。家の中が安全であるという神話はとうに崩壊している。

猛スピードで進む話は父の死で幕を閉じる。日本の名監督、小津安二郎の映画から引用された言葉で締められる。

小津安二郎は日本の家庭を独特の手法で撮った映画監督だ。セリフも、カットも他に類を見ない。山本直樹はこの暴力溢れる漫画を小津安二郎で締めた。なんとも言えない読後感であり、なぜだか清々しい。

園子温の映画を見た後に暖かい緑茶を出されたような気分になる。