知人が「福島原発被災地バスツアー」に以前から参加しており、興味を示したら誘ってもらえたので、行くことにしました。
個人だといけない場所もあるし、講演会や住民の方のお話も聞けるとあり、興味があるけど、どうしたらいいか分からない一般市民にはありがたい企画でした。
四倉パーキングエリアでは各地域の放射線量を掲示していました。
大熊町に向かいます。
ホテルなどができるそうです。
工事をしている人がたまにいるくらいで、住民の姿は見当たりませんでした。
マスコットキャラクターの、おおちゃん、くーちゃんが魚と果物を持っているのが切なかった。
大野駅に移動。駅にあったマップ。
放射線量が多いため、ほぼ、バスから出ずに車内から写真を撮ることしかできませんでした。さまざまな色のブルーシートがあり、まだ、土壌の除染中だそう。いくら除染してもキリがないので、一旦、除染作業を中止しているそうです。
仮設市役所ですが、新しい市役所を建てる予定がまだ決まっておらず、このまま使用しているそうです。
双葉町へ。
左右に大ソーラーパネルが広がっていました。
放射能は人体では感じることができないはずなのに、放射線量が高いところを通る時、なぜかこめかみが痛くなりました。
東京新聞の記者、地元住民、放射線衛生学者の木村真三さんの講演を聞きました。
木村さんは放射線医学総合研究所に勤めており、東海村の事故が起きた時、現場に入ることを官庁から止められたそうです。福島第一原発事故が起こったときは、初動調査をするために辞表を提出して福島に入ったそうです。
放射線は、少し場所を変えるだけで、線量値が大幅に変わるため、平均値はあまり当てにならないというお話を聞きました。
また、普通に暮らせるようになるまでは160年以上かかるとおっしゃっていました。
私は文系で理系のことがさっぱり分からないので、質疑応答で
「原発以外のエネルギーだと何を使えばいいのでしょうか?」
と聞いたら
「太陽光エネルギーです。今は蓄電もできるようになってきています」
と答えてくれました。
次の日は「おれたちの伝承館」を見学。
福島では、放射能のことを話すと「まだ、そんなこと言ってんのか」と、いう空気だそうです。それに、半分以上の人たちは、住民票を福島に残したまま、別の土地で生活を始めており、福島に帰ってきているのは、住み慣れた福島に愛着を感じているお年寄りが多いそうです。
それに、子供の方が放射能の影響を多く受けやすいので、そのこともあるのでしょう。
先生たちが生徒を守るために必死になった、浪江小学校にも行きました。
学校の近くからは福島第一原発が見えます。
学校の目の前には大きな堤防ができていました。
堤防からも原発が見えます。
小学校の周りには民家が多く立っていたそうですが、今は何もありません。
植樹がされていました。
ガイガーカウンターを使って、きのこの放射線量を測ってくれました。
インスタにあげてあります。