エリコ新聞

小林エリコのブログです。

面接に行った会社が宗教だった話

私は就活では一社も受からなかったと公にしているが、実は一社だけ内定をもらったことがある。その話をしようと思う。

短大2年の夏、学校に来ている求人票を眺めていた。軒並み低い月給の中、手取り17万という文字が目に止まった。私はそれをまじまじと眺めた。悪くない、そう思った。私はその会社が行う会社説明会に行くことにした。会場は都内のホテルだった。私のボロボロの手帳には空白が目立ち始めていた。夏を迎えて求人は減り、私はジリジリと焦りを感じていた。

ホテルのさほど大きくない広間に通された。椅子が並んでいるが空席が目立つ。私以外には2、3人しかいない。そして、会場にはずらりと会社の社員が並んでいた。いやに豪華なホテルで、シャンデリアが煌めいている。真っ白なカーテンや活けられた花々が眩しい。私はちょっとびっくりした。きっと会場がホテルだからこんなに立派なんだと自分に言い聞かせた。

いよいよ会社説明会が始まる。スピーチに耳を傾ける。耳触りのいいことを話す社長。ただ、この会社が何をして儲けているのかという話が一切出てこない。製造業だったら自社の製品の説明をするだろうし、サービス業ならその話をするのだろうが、この会社は何を作って何を提供しているのかが出てこなかった。

スライド上映が始まった。私はいよいよ会社の事業を説明するのだと思い身を乗り出した。しかし、映し出されるのは自分の会社が行なっているボランティアの映像だった。男女が発展途上国に行って木を植えたりしている。事業の説明を待っている間にスライドは終了し、会社説明会も終了した。結局、何をしている会社なのか最後までわからなくて、狐につままれたみたいだった。私は「御社の仕事はなんなのですか」という疑問をぶつける気持ちが起きなかった。ここまで完全にスルーされると問うてみるのが憚られる。

社員の人が「面接を希望される方は受付してください」と声をあげた。私は一瞬戸惑ったが、空白の手帳を埋めるために面接を入れた。面接の時に会社の事業を説明してもらえると思ったのだ。

スーツを着て例の会社に向かう。受付には嫌に仰々しいロゴマークがあり、デカデカと看板が掲げられていた。会社名は聞いたことがない社名で、事業内容も想像することができない社名だった。〇〇企画とあるので、何かをやっていることは確かなのだろうが。会社の社員はみんな同じ制服を着ていた。小さい割に厳しいようだ。

面接官は女性だった。私は履歴書を渡してできる限りハキハキと名乗った。想像では会社の説明をされるはずだったが、一言も出てこない。そして、面接官は私のことを責め立て始めた。

20年前のことなのではっきりと思い出せないが、一方的な人格攻撃だった。私は耐えて唇をかみしめていたが、耐えられなくなり、目から涙が溢れて止まらなくなり、すいませんでした、と絶え絶えに口から漏らす。

そうしたら、なぜか社員の男性がひょうひょうと現れて缶に入ったお茶を渡してきた。そして、私に励ましの言葉をかけ去って行った。その姿を見送った後に、面接官が「あれ、社長」と言ってきた。私は心がボロボロになっていたので、いい社長だなと思ってしまったが、頭の中でもう一人の自分が忠告した。ひどい罵詈雑言を浴びせた後に、その人に優しくするというのは、ありがちな洗脳の方法だ。私はお茶を飲んで頭を冷やしながら確信した。一切の事業内容を言わない謎、圧迫面接の後に登場して優しくしてくる社長。これは何かの宗教団体だと。

私は会社からの帰り道、「こんなお茶くらいで懐柔されてたまるか!」とつぶやきながら歩いた。

そして、求人票を掲げていた学校の方には「ここは怪しい会社なので、求人票を出さないほうがいいです」と伝えた。周囲の友人にはあの会社は怪しい、絶対に宗教だと言いふらした。しかし、当時はインターネットがないので、その会社が本当はなんなのかわからなかった。

その後、会社から電話がきた。内定のお知らせだった。私はすぐに断った。電話はガチャンとぶっきらぼうに切れた。私が内定をもらったのはこの一社だけだった。

どこにも行く会社がないまま卒業した。春から無職。清々しい春の青空と対比するように私の心は曇っていた。

その後、ブラックの編集プロダクションに入って自殺未遂をして、精神病院に入院した。実家に戻り、時々あの会社のことを思い出した。本当に宗教だったのだろうか、私が一方的に思っていただけで、本当は違ったのでは?

そして、何より、無職という事実と、ブラック企業での日々を思うにつけ、あの会社に入っておくべきだったのではないだろうかと、時々後悔した。

それから10年以上の歳月が過ぎ、私は生活保護を受け、全ての人と分断された。その後、再び働き始め、学生時代の友人たちと連絡を取り始めた。

久しぶりに会う友人と居酒屋で酒を酌み交わしながら会話をしていた。彼女は現在、弁護士をしている。そしてこう口にした。「エリコが宗教だって言ってた会社、宗教だったよ」私は驚いて一瞬言葉が出なかった。20年近くのしかかっていた心の中の重しが取れてホッとした。私は間違っていなかった。弁護士である彼女がいうのだから、きっと何かその会社のトラブルがあったのだろう。自分の当時の感を鋭いと思いつつ、そんな会社しか内定をもらえなかった自分の引きの悪さにうんざりした。